30km/h

Menu / Hatena 

 


スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

痩せない女
先に着替えを済ませておけばよかった、と思った。爪を塗ってしまったのでそれが乾くのを待たなければならなかった。もう少し早い時間に出かけるつもりでいたのだけれど、「○時“頃”」とか「○時“過ぎ”」とかいう約束にはいつも油断してしまう。
そんなことをしている時間も観たい気持ちもなかったのだけれどほかにすることがないのでテレビをつけた。休日の昼間のテレビはとくべつつまらなく感じる。居間を横切った猫を捕まえると、太陽の光を吸い込んだ毛皮があたたかく膨らんでいた。

結局爪が乾ききるまえにわたしは家を出た。爪先の色が少し剥がれてしまったけれど、気にしたところで誰に見せるわけでもなかった。
あたたかく、天気は良いのにうっすら曇ったようになっているのは大陸から飛んでくる砂のせいらしかった。マスクをしてきて正解だと思ったが、飛んできた埃が目に入り、駅に着くまで泣きながら歩かなければならなかった。

電車を待っていると男から連絡があった。自分は待ち合わせの場所に着いた、どこにいる?というメールに、これから電車に乗る、15分後に着く、待たせて申し訳ない、と返す。

休日だけど軽く仕事をしてきた、ということで男はスーツ姿だった。
デパートで進物用の菓子を買うと男がこの街に来た用は済んでしまった。「お前はなにをしにきたの?どこかいきたいところがあるの?」ときかれたがこれといってなかった。本当は会社の同僚が教えてくれた、和風スイーツの美味しいカフェというものにいくつもりだったのだけれど、場所を調べるのにホームページをみてみたら「2時間で帰ってください、待ち合わせの場合も先に入った人が2時間経ったら帰ってください」ということがなんていうか、いっしょうけんめい書かれていたので、なんとなくめんどうくささを感じてしまっていた(長居するつもりもないが)。

「カフェのスタッフのブログもひとつひとつの記事がすごく長いんだよ、読まなかったけど」
「じゃあお好み焼きを食べにいこう」
そういって男は目の前の路地を曲がった。

お好み焼き屋には、冴えないピンクのカーペットが敷かれていて、油が染みた壁にはオードリー・ヘップバーンのポスターが貼られていた。トイレは和式で床はタイル、ペーパーホルダーには布のカバーが掛けられている。薄いドアの前には花柄のマット。
これがアットホームというやつだな、と思いながら焼きそばとたこ玉を食べた。店員ではなく客が自分で焼く方式だった。わたしたちは焼けるのを黙って待った。

「たこの主張が強いね、おいしかったけど。たこだけが口に残る」といいながら店を出た。男は、あの店のいいところはいつ行っても空いているところだ、と言った。今日もわたしたちのほかに一組しかいなかったが夜はそれなりに客が入るのだろう。知らんけど。
そのあと雑貨をみるのに何軒か店をまわったが目当てのものは見つからなかった。生菓子を買って家に帰った。駐車場の脇でカップルがけんかをしていた。

ニホンザルが温泉に浸かる映像をみながら買ってきた菓子を食べた。男は、温泉に入るのはいいが湯から上がったときに寒くはないのだろうか、あんなに雪の積もった山の中で、としきりにサルの心配をしていたが、体温調節の仕方がちがうのでサルは人間のように湯冷めすることはないときいて安心していた。
さっきまで上着がいらないくらいだったけど夜になるとやはり寒いねといいながら男がストーブを点けた。男は極度の寒がりだった。

夕食の後、アイスクリームを食べるかときくと煙草を吸っていた男がわたしを睨みつけながら振り返った。男はわたしの肩を掴むと揺さぶりながら「お前は!」と怒鳴った。
「アイスクリームだと?お前は今何をしているところなんだ?言え!言ってみろ!」「ダ……」「ダ?」「ダイエット……?」「そうだ、お前はダイエット中なんだろう?」「ダイエット」「そうだ、がんばるといったはずだ。お前が決めたことだろう?」男の指はわたしの肩に噛み付いたままだ。

「うるせえ!ダイエットなんてするかバーーカ!!」わたしが叫ぶと男はわたしの髪の毛を掴んでねじり上げた、それからのことはよくわからないけれどその晩わたしはそのまま死んで、男はジャージー牛アイスクリームを食べた。
スポンサーサイト
<< NEW | TOP | OLD>>
Menu