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耐える女
ババアの話がつまらない。
ババアの話がつまらないなんていうのは、レモンはすっぱいとかこいぬはかわいいとか新幹線は速
いとか真綿色したシクラメンほどすがしいものはないとか、そういうもんっていうか、当たり前のことなのでそこは仕方ないっていうか、そのくらいに思ってるんだけど、「それにしても!」て毎日辟易している。さすがにつらい…てなってる。

わたしもババアなので、そりゃあ話はつまらないし、独特の匂いがあるし、口の周りに毛も生えています。だけど、だから、わたしはおとなしくしてますやん。わたしみたいなつまらんモンが他人様に迷惑をかけてはいけない、ゆうて、隅っこでひざっ小僧抱えてゆら〜んゆら〜んてしてますやん。
せやけどもあいつらときたら。

喫茶店でアルバイトをして いたときにウインナーコーヒーを注文されて「ウインナー…コーヒー…?腸詰めコーヒー?」と戸惑ったていう、よくあるタイプの“おもしろおかしい”昔話とか、テレビで見た外食チェーンのランキングの話とか(すごくおいしそうだったわー、でもなにがランクインされてたかは覚えていない)(?!)、テレビで見た病気と健康の番組の話とか(トマトがいいらしいわー、なににいいかは忘れたけど、なんとかっていう成分が効くらしいの、なにに効くかは忘れたけど)(?!)、芸能人の健康診断の結果の話とか、「おかんのクレーマーっぷり自慢」VS「こどもの習い事たいへん自慢」とか、原辰徳のおっかけをしていた話とか(これはちょっとおもしろそうと思った)、呪いが怖くてぬいぐるみが捨てられない話とか、目を合わせたら死ぬ仮面があるらしいというこわい話とか、早朝のワン切りがあった数日後遠い親戚が亡くなったていうこわい話とか(あいつらはオカルト風味の味付けがだいすき)、そういうのを笑顔で聞かないといけない。つらい。笑顔と感情を切り離す訓練と思ってなんとか耐えている。

「沢口靖子の親戚というひとに会ったことがあるが親戚のひとは美人じゃなかったので沢口靖子は整形である」とか、ハムスターが死んだ半月後に事故った(バックに失敗して側溝にはまる)のはハムスターの祟りであるとか、「弟の奥さんは“関西人なので”レストランで食べ放題のパンを持って帰る」とか。とにかく話が乱暴すぎるのでびっくりする。A田:「趣味で小説を書いているの」B村:「なぜそれを出版しないのか、しなさいよ」とか。じゃあカラオケが好きなお前は歌手になれよ。

あ とは映画・小説・テレビドラマのネタバレ。映画・小説・テレビドラマのネタバレ専門店。ネタバレ専門店街。「映画館に行ったの」「わたし原作読んだわ」て言い出したら「あー…はじまったな」てなる。犯人がだれかまでしゃべったあとで「あ!だれか観に行く予定あった?」って言いよる。行く予定はたった今なくなりました、本当にありがとうございました。

そんなところにアラフォーオタが、だれも知らない深夜アニメの話とかネットオークションで落としたアニメキャラグッズとか声優の話をうすーく織り交ぜてくるので、わたしはもう、「ムリムリムリムリ…!息継ぎ!息継ぎをさせて!外の空気を吸わせて!!」てなるわけです。つらい。

ここに最近またひとり個性強めのババアが加わって、「うちの娘が“伝説”つくっちゃいましたー!」(学校で足を骨折したという伝説)(伝説?)とか、「自分は器用なのでいろいろ人から頼まれちゃって困るワー、出来る女は損をするワー」というゆるい自慢とか(ゆるさが腹立つ)、もう、わたしなどはほんとうに胸がいっぱいで、気付いたらうっすら微笑を貼り付けたままコップの底を見つめている状態ですよ。

それで最近は皆さんよりも少しだけ早めに食堂からオフィスに戻るようにしています。自席で文庫本を広げるとすごく安らかな気持ちになるのでそれにもまたびっくりだ。
思い出す女
ひさしぶりにLINEを使ったら、学生のころの友人やそのころいっしょにバイトしてた友人や前の職場の同僚や、そういうひとたちの名前が新しい友達というリストにずらずらと並べられていて、「わぁ、懐かしい!」と思うよりはまず「こわい…」ってなりますね。
地元の友達にメッセージを送って、
過去のやりとりをぼんやりながめていたら、昔パソコンで使っていた、メッセンジャーのログを誤って消してしまったことをふと思い出した。

残っていたからといって読み返したりするのかというとそうでもないが(だってはずかしいから)、まるごと失くしてしまったと思うと寂しいかんじもあり、でもまあないならないでさっぱり、みたいなきもちもある。今まで思い出しもしなかったことだし。

あのころ、もう10年くらい前になるのかな。10年だって。ほんとに?そんなに?
あのころはまだみんな(わたしのおともだちみたいなひとたちみんな)会社のパソコンでインターネットをしてて、はてなアンテナをチェックして、テキストサイトを読みあさり、mixiではしゃぎ、仕事中に震えながら(笑いをこらえているため)チャットして、ホームページ(ブログじゃない)を更新して、みたいなことをやっていて、まったくわたしらはバカみたいに何をやっていたんだよ、すごくたのしかったです。ホームページビルダーばんざい!(会社に置いてあったHPBを勝手に使ってホームページをつくってみたのがそもそものはじまりでした)。

まあそんな、昔はよかったなあって感傷にひたってるわけでもなくて今は今で悪くない生活を送っています。友人たちとは以前のように交流することはなくなったけれど、どうせあいつらはどこかのSNSにいるのでさがせばすぐに見つかると思っています。

このパソコンにはむかしホームページに載せていた日記がぜんぶ残っているはずだけど、たとえばわたしが突然死んだら、家人は泣きながら読んだりするのかしら、とぼんやり考えています。親には見せないでください。

(昔を思い出して必要以上に感傷的になるテスト)(失敗)


メッセンジャーのおもしろいやつだよー→ たいくつ/ゆううつ(2006)
しゃべる女
なんで話すのか。
わたしが言いたいのは、
なんで食事をしているときに初潮をむかえたときの話をするのか、ということです。

最初はお赤飯の話だったんです、お弁当に詰めてきてるひとがいて。お赤飯好き?みたいなそんな。それがいつの間にか大人の階段のぼったときの話になっていた。
わかる、わかるよ、連想するよね、でもそれ食事中の話題として好ましいかな?家族におめでとうっていわれてすごくはずかしかったな、あのときは、くらいならまあいいよ。だけどそれくらいではとどまらなかったからほんとにつらかったよ。なんなの?って思った。
ほかには、病院での遺体の取り扱いの話とかね、なんで今するん?声をひそめるくらいなら言わなきゃいいやん。「ちょっと今言うのはどうかなー」ていいながら、ぜったいしゃべるやん。なんでやねん。なんでご飯食べながら大橋巨泉のセックスの話きかされなあかんねん。

そのときわたしがきいたのは「大橋夫妻の交合の頻度は、夫婦の年齢が20歳のときは2日に1回、30代なら3日に、50代になったら5日に1回……」というものでした。70代は1週間に1度おこなう、という。いやー、ね、まさにダだれの得になるのか。こんな情報ぜんぜん欲しくない。
さすがにこの頻度だと飽きてくるのでそこは文字通り、手を変え品を変えて、ということでした。これってトリビアになりませんか?

大橋さんのはなしはもう1年半くらい前にきいた話なのに忘れることができない。つらい。
産む女
子を産みました。

そのときわたしは性交の最中で、天井から吊り下げられていました。裸のまま後手に縛られ、足は地面から浮いている格好でした。それまでこんなやり方を試したことはなく、縛られたり、吊られたり、ということに興味を持っていたわけでもありません。相手の男がやってみたいといい、ならば別に付き合ってもいい、というくらいの気持ちでした。

しばらく吊られていると下腹部に違和感を覚えました。おおきなうねりが走るような。なんだろうと思っていると宙に浮いた股間からなにかがドサドサと落ちました。
胎の奥からなにかが降りてきて膣を通り抜ける感触はほんの10秒ほどだった気がします。無理やり押し広げられる感覚も、痛みも、快感もありませんでした。そこを通るには少し大きすぎるなにかが、しかしスムーズに、ズルズルヌルヌルと降りていきました。

床に落ちたなにかは粘膜と粘液にまみれ赤く濡れていました。
なにかはパケツいっぱいほどの量がありましたが、それを出したわたしの体はとくに変わった感覚がなく、軽くなったというかんじすらありませんでした。あのようなものがわたしの体のどこにはいっていたのか。

すぐそばで見ていた男は心配そうにしていましたがなぜかそれほど驚いた様子はありませんでした。「なんなのこれ?だいじょうぶ?」といいながら縄をゆるめ、わたしを下ろしてくれました。
「わたしにもわからない」
そういいながらなにかを見つめていたわたしは、なにかの一部が人間のかたちをしていることに気付きました。
恐ろしい、と思いました。

わたしはそのとき妊娠していませんでした。いないはずでした。そのことは男も知っていて、だからわたしたちは今起きたことが出産かもしれないということに思い至りませんでした。
なにかのかたまりのなかに人間のようなかたちのものがあることに気付いたのはわたしだけでした。男には黙っておこう、と思いました。なぜだかはわかりません。

人間の形をしたものはかたまり(胎盤というものだろうかと思いましたが胎盤がどういうものなのかはよく知りません)から外を向くように横たわっていました。まずはそれが生きているかどうか確かめようと思いました。
みているとなぜか大きさの感覚が狂って、それは5センチにも20センチにも見えました。

恐ろしさが少し薄れてきたので、近づいてよく見ようと首を伸ばした瞬間、それがむくむくと動きました。
赤い肉が、モリ、モリ、と膨らむと表面に鼠色の毛が生えてきたのです。ゆっくりと大きくなりながら全身に毛が生えていきます。
細くやわらかそうな毛に包まれたそれはうさぎの形になっていました。

「うさぎが生まれた。うさぎを産んじゃった」
両の手におさまる大きさの、ふわりとしたかたまりを指して男に見せました。
「うさぎ?」男はひどく混乱してわたしの体を心配しはじめました。うさぎを産んでだいじょうぶなのか?どうしてうさぎが産まれるのか?うさぎ??
わたしは、体調に変化がないこと、まったくわけはわからないけど落ち着いてはいることを男に伝えましたが、男はおろおろするばかりでした。

「先生のところに行く、うさぎをつれてお前もついて来い」と男がいうので、わたしはうさぎを抱いて表に出ました。この間にもうさぎは成長しているようで腕の中でハンドボールほどの大きさになっていました。
私たちの家の裏には老医師が住んでいるのですが、そこでわたしとうさぎを診てもらうつもりのようでした。

腕の中でうさぎはどんどん大きくなっていて、スパンクくらいになったころ、抱いているわたしの腕を蹴って庭に飛び出しました。
うさぎが逃げたことを告げると男は自分は先に行って事情を説明しておくから、うさぎを捕まえたらすぐに来るように、といいました。
わたしはかっぱ巻きを温めないといけないことを思い出したので家の中に戻りました。

温めたかっぱ巻きをつめた箱を提げて外にでると、男が泣きながら帰ってきました。
「どうして泣いているの?」
「先生がとてもいい話をしてくださったからだ。相当ご苦労されてきたようでね。やはり昔の男は強いよ。」
そういいながら男は涙を拭きました。
「それでうさぎの件は?」
「それは心配ないそうだ。ままあることだ、って先生がおっしゃっていた」
「そう」
わたしは、先生のところにいかなくてよくなったので、ほっとした。かっぱ巻きは温めたが落雁の用意ができていなかったのだ。
うさぎはまた少し大きくなって庭のどこかにいるらしかった。

ていう夢。
嗅ぐ女
年が明けたことだし日記でも書いてみようかと思ったけど、ソファの上でぼんやりしてたら異臭がしたので「猫がうんこした!」て思って確認しても猫のトイレは汚れておらず猫本体もいびきをかいていたので「??」てなってたら異臭の元が寝起きの家人の口腔だったことがわかった、てことくらいしか書くことないよ!バイバイ!
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